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HPVワクチン賛成派は反対派に伝え方で負けている 「大砲に刀で戦っているようなもの」

感情に訴え、読みやすく書く。反対派の特徴がデータから明らかに。

子宮頸がんの原因になるHPV(ヒトパピローマウイルス)への感染を防ぐHPVワクチン。

国が安全性や効果を認めて公費で受けられるようにしたにもかかわらず、体調不良を訴える声で不安が広がり、接種率は1%未満になっている。

このワクチンについてのインターネットでの発信を調べたところ、HPVワクチン反対派の方が、賛成派よりも文章が読みやすく、感情に訴える内容になっていることがわかった(論文は「読みやすさ分析」「内容分析」)。

調査した東京大学大学院医学系研究科医療コミュニケーション学助教の奥原剛さんは、「読みやすさは発信された内容への好意や信頼につながります。賛成派は、相手のやり方を学んで、説得力のある内容を読みやすく発信する工夫が求められます」と呼びかける。

2016年10月時点で270記事を分析 反対派の記事数が上回る

分析したのは、2016年10月、GoogleとYahoo! Japanで「子宮頸がん」に「ワクチン」「予防接種」「副反応」「副作用」「安全性」などの検索語を重ねて入れ、トップ100に出てきた記事270本。

これを二人の評価者が、「反対派」「賛成派」「中立」に分けた。

その上で、記事によく出てくるキーワードを分析ソフトで抽出し、賛成派、反対派がそれぞれ記事で何を伝えているのかを調べた。その結果が以下のグラフだ。

分析の結果、賛成派も反対派ももっとも多く伝えているのは「副反応」についてだった。

これについて、奥原さんは「賛成派はバランスに配慮して、公正に議論しようとするので、必ず『副反応』について触れています。反対派はもちろんワクチンの被害を訴えたいので触れるでしょう」

一方、2番目に多く伝えた内容は、賛成派は「ワクチンの効果」、反対派は「ワクチンの毒性」と、正反対の内容が続いた。

反対派は「感情」に訴え、賛成派は「理性」に訴える

分析した記事の中身を全て読んだという奥原さんは、反対派の記事の特徴についてこう説明する。

「例えば、典型的なのは重い副反応に苦しむ少女のストーリーです。女の子が母親と写っていて、どんな症状に苦しんでいて、どんな風に学校に行けなくなり、人生が壊されたか体験談を語る内容です。感情に訴えるものが多いのです。感情に訴える内容は記憶に残ります」

反対派の医療従事者の典型例は、医学不要論を唱え、ワクチンや薬を否定する医師や薬剤師だ。

「反対派はワクチンの毒性を強調し、『金儲けをたくらむ製薬会社の陰謀論』を主張するなど、怒りや不安を煽る内容になっています」

「しかも、主張している人の肩書きが医師や薬剤師などの医療従事者であると、説得力が増してしまうのが問題です」

一方で、賛成派の記事は、「理性」に訴える内容が多かった。

「子宮頸がんはHPVが原因であることや、ワクチンが前がん病変である異形成を予防する効果などを、データなどの根拠をもとに説明していく内容が多いです」

ただ、理性的だから、科学的に正確だからといって、伝わるとは限らない。

「データの持つ意味を考え、科学的な説明を理解するには頭を使います。しかし、人は多くの場合、パッと受けた印象で直感的な判断をしているものです。例えば、他の人の体験談を聞くとパッとイメージがうかびますよね」

奥原さんの別の研究では、12〜16歳の女の子がいる母親に、「(1)厚生労働省や国立がん研究センターなどのデータだけ」、「(2)データと子宮頸がん体験談の組み合わせ」を読ませた後に、ワクチン接種への考えがどう変化するか比較した。

その結果、データと体験談を組み合わせた情報を読んだ後の方が、HPVワクチン接種に積極的になっていることがわかった。

「昔から人を動かすには情と理に訴えよといいます。これまでの研究で、数字は理性に訴えて考え方に影響し、体験談は感情に訴えて行動しようという気持ちに影響するといわれています。私の研究でも体験談に“もう一押し”の効果があったのかもしれません」

読みやすさでも賛成派は”惨敗”

さらに、奥原さんは記事の読みやすさも分析した。

賛成派、反対派それぞれの記事で、一文の長さや熟語の多さなどで読みやすさを点数化した。その結果が以下のグラフだ。

執筆者が医療従事者であるかないかは関係なく、反対派の方が圧倒的に文章が読みやすいという結果が出ている。

衝撃的なことに、この論文では読みにくいと分析された記事の事例として、私が前職の読売新聞の医療情報サイトyomiDr.編集長時代に編集した専門家の寄稿も挙げられていた。HPVワクチンをめぐる当時の最新動向をデータで示した記事だ。

「確かに必要な情報ではあるのですが、この記事に比べたら産経新聞に掲載された『被害少女』のストーリーの方が読みやすいという結果が出ています。そして、読みやすさは、記事の内容に好感や信頼感を抱かせる効果があることがわかっています」

「そもそも科学的に正確な報道が絶対的に少ないことは、新聞を分析した別の調査でも明らかになっています(論文投稿中)。しかし、それ以前に、科学的に正確な記事の読みやすさや感情に訴える力が、反対記事に圧倒的に負けています」

相手に学べ 説得力のある内容を読みやすく

心当たりはある。

BuzzFeedで書いた子宮頸がんに関する記事で最も読まれたのは、「子宮頸がんで子宮を全摘した理系女子が伝えたいこと」。

妊活を始めた頃に子宮頸がんが見つかり、子宮を全摘した30代前半の女性の体験談だ。子宮頸がんの原因や手術方法などをイラストなどで紹介しながら、ご本人の体験や気持ちを紹介し、最後にHPVワクチンに対する思いも語って頂いている。

一方で、データを並べて解説しただけの記事はなかなか読まれにくい。

研究からは、結局どういう記事を書けば読者の心に届くと言えるのだろうか。

「根拠の乏しいことを主張している人は感情に訴える内容を読みやすく発信しており、彼らの方が上手で強力です。賛成派は、情報の公正さを守りながらも、体験談などを盛り込んで説得力のある内容を、読みやすく発信する工夫が必要です」

「コミュニケーション能力とは、うまくいっていないコミュニケーションを修正する力のことです。賛成派は大砲をボンボン撃っている相手と刀で戦っているように見えます。『彼を知り己を知れば百戦殆うからず』といいます。相手の戦い方から学び、伝え方を改善する余地があると思います」

【奥原剛(おくはら・つよし)】東京大学大学院 医学系研究科 医療コミュニケーション学分野 助教

東京大学大学院 医学系研究科 公共健康医学専攻および社会医学専攻を経て、現職。博士(保健学)。

専門はヘルスコミュニケーションにおける説得的コミュニケーション。健康医療にかかわる情報のわかりやすさと説得力を高める研究を行っている。

自治体、健康保険組合、医療機関等の保健医療従事者に対し、わかりやすく説得力のある健康医療情報を作成するための研修を行っている。