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考えるべきバランスは栄養だけじゃない 『自炊力』が人気のフードライター白央さんが大事にしていること(1)

居酒屋インタビュー第1弾は、『自炊力』が人気のフードライター、白央篤司さんに、東京・五反田の広島居酒屋「ほじゃひ」に連れて行ってもらいました。

わたくしは自他共に認める呑兵衛です。

1日の終わりに美味しい肴をつまみながら日本酒やワインを呑むのがささやかな楽しみになっています。

そして、誰かと呑みながら語り合うのも大好き。

お酒が互いの心をゆるめ、普段聞けないようなお話を伺えることもあるし、行きつけの店に連れていってもらって相手の意外な一面を発見することもあるわけです。

当然のことながら仕事中は呑まないのですが、この楽しい時間を仕事に活かすことはできないものか。

そんなよこしまな考えから、話を聞いてみたい人の行きつけの店に出かけてインタビューするという企画を思いつきました。

トップバッターは、2018年11月に出版されて早くも4刷を重ねた話題の本『自炊力 料理以前の食生活改善スキル』 (光文社新書) を書いたフードライター、白央篤司さん(42)です。

東京・五反田の広島地酒とお好み焼きの店「ほじゃひ」で日曜日午後2時の開店時間に待ち合わせ。食や栄養の話から、フードライターになったきっかけ、ネットやSNSで発信する時に気をつけていることまで味わい深いお話を伺いました。

「野菜のおつまみが多いから、飲んだ翌日の体が楽」

ーー『自炊力』を書かれていますが、TwitterやInstagramを見ていると外食もちょこちょこされていますね。今日、このお店を選んでいただいたのはどうしてですか?

ここはご主人の疋田多賀志さんが、つまみを野菜中心で作っているお店なんですよ。

酒のつまみはその人の好き好きで選んでいいと思うんですけれども、私の場合は、野菜中心にすると、翌日の体が楽なんですね。こちらのお店は野菜料理のバリエーションも豊富で楽しいんですよ。

じゃあ、頼みますね。なにを飲みますか?

ーー広島レモンのレモンサワーがあるんですね。私はまずそれから行きます。

僕は生にしましょう。(お店のご主人に)お手隙でお願いします。レモン酎と生ください。おつまみも頼んじゃっていいですか? 旬野菜の彩りマリネと、観音ネギサラダと和風こんにゃく、長芋のソテーをください。

ーー本当に野菜のつまみが充実してますね。観音ねぎってなんですか?

広島のお好み焼きに刻んだのがたっぷり乗っているあれですね。

ーー郷土野菜のようなものですね。

はい。そうですね。

(ここで酒が到着。乾杯)

ーー今日はよろしくお願いします。昼酒はいいですねえ。

休みの日は昼から飲むのが楽しいですねえ。最近はもうそれで夜は早く寝ちゃう(笑)。

「自炊力」困っている人がいると気づいたのはなぜ?

ーーまずは、出版されたばかりの『自炊力』の話から伺いましょうか。この本は買い物の仕方から語り、栄養を考えてプチトマトや冷凍野菜をちょい足しするだけでも自炊だよ、と自炊のハードルを下げるところから始まっている優しい語り口ですね。自炊で困っている人がいるなと気づいたのはいつ頃なんですか?

最近です。この1、2年です。

料理の記事を作っていると、基本的に食べること、料理することが好きな人ばかりに囲まれてきちゃうんですね。そうするとどんどん見えないこと、気づけないことが増えてくる。読者さんも料理好きばかりになるし、そういう人達のニーズに応えることのみを考えてしまう。

けれどもネット記事を作るようになって、そうじゃない層の厚さ、多さ、ニーズに気づいたのが大きかった。

例えば、小中学校の休み時間を思い出してほしいんですけれども、スポーツ大好きな人たちのグループにスポーツ苦手なオタクの子って絶対入っていかないでしょう?

それと同様に、料理に苦手意識を持つ人は、料理の悩みを料理好きに言うことなんてないし、料理雑誌を読んで、「こんなことで悩んでいるんですけれども、どうしたらいいでしょうか?」と相談することもないわけですよ。

発信する側がもっと手を差し伸べないといけないと思ったんです。ただね、それが「哀れみ」のように感じられてしまってはいけない。

料理に苦手意識を持つ人たち、そもそも料理をしたくない、興味ない人たちも食べることは必須なわけです。だったら最低限こういう知識はあるとベターだよ、役立つよ、ということを発信できたらいいな、と思ったんです。

既にできている人にだけ発信するのでいいのか?

しかしこういうことを記事化しようとすると、「そこまでレベルを下げなきゃダメなの?」「そんな最低限のこと、面白い内容にならないでしょう」みたいになっちゃって、企画が通らなかった。

「私たちはなんのために記事を作っているの?」と思ったんです。

「誰かの役に立つために」と言いながら、既にできている人にしか発信してないじゃんと思いました。もしくは、習う気持ちがある人にしか発信していないですよね。

「料理しよう!」と決心してる人はひとりでドンドン情報収集してうまくなっていくんですよ。ただ世の中には料理なんてしたくない、できればせずにいたいという人がいっぱいいる。でも食べることからは逃れられないわけですよね、人間。

そっちの人たちになるべく楽で、現状改革せずとも毎日の食をよりよくできるような情報をこっちが発信していかないと意味ないな、と痛感したわけです。ネット記事を作るようになってから。

だから、メシ通の記事「冷凍食品で栄養バランスはよくできる?」を書いたりしたんですね。

「栄養と料理」の編集長だった、監物南美さんと出会えたことが大きかったですね。そのあたりは、『自炊力』にも書きましたけれども、彼女は「どうやったら、栄養の情報をより多くの人に面白く伝えられるか」ということに腐心されているかたです。この「面白く」という観点が貴重なんです。

栄養学は細かい学問的な世界ですから、小難しくなってしまいがちなんですよね。

ーー監物さんには取材で出会われたのですか?

私がTwitterでふざけたことを呟いていたら、それを面白がってくれたのがきっかけだったんです。

ーーへええ。栄養と料理の編集長が白央さんのつぶやきに注目したんですね。

ツイートにリプライをくれたんです。で、面白いから、うちで書いてみないかという話になった。

「何を作りたいか」から思い浮かばない

ーーその出会いから、『自炊力』に至るんですね。本の内容をもう少し伺いたいのですが、買い物から苦手意識を持っている人がいるのは驚きでした。そこから負担なのだとは知らなかった。買い物って面白いじゃないですか。

面白い、と思える人はいいんですよ。こんな例えはどうでしょうか。

私はスポーツが苦手で、興味もまったくないんですね。テレビってスポーツ番組が多いでしょう。つまりそれだけ興味ある人、スポーツ観戦が好きな人が多いんだろうけど、まったくもって観ようと私は思えない。根本的に興味がないんですね。

けれど健康には関心があるから、運動しなきゃという気持ちもある。だからジョギングでも始めようか、と思ったとしますね。

それで、ジョギングをやっている友達に、「ちょっと混ぜてよ」とお願いして、「わかった。お前、まずシューズとウェアを買ってこいよ」と一人で買いに行かされたら、「何選んだらいいの?」となるわけです。

たぶん、料理を始めようとしている人が、「じゃあお前、作りたいもの、美味しそうなものを買ってこいよ」と言われて、「この買ってきた材料で何品作れるか俺が指導してやる」みたいな感じだったら、買い物ってすごくつらくなるでしょうね。

それと同じだと思うんです。

本の中で詳しく書いたたように、料理に苦手意識があったり、興味がなかったりする人は、「何を作りたいか」から、思い浮かばないものなんです。

だから買い物もむずかしい。料理好きは「おいしそうだと思ったもの買ってくればいいじゃない」なんて簡単にいいがちだけど、そういう人の迷いや戸惑いを想像することができないんですね。

健康のために自炊したい、と漠然と考えている人はたくさんいる。健康のためにスポーツ必要、というのと一緒ですね。でも興味ないひと、苦手意識のある人は具体的にどうアクションしたらいいか思い浮かばない。

じゃあまず「料理を知ろう」というところから始めましょうよ、と本では提案しています。料理番組を録画してザッピングする、ということ。そこで、どういうものを自分は食べたいのか、作りたいのか、というところを発見してほしいんです。「これならできそうかな」「こういうの、やってみたい」という点を発見すると、習熟も早いんですよ。

自分が興味を持てるパーツがどこにあるのかさえ、みんな最初はわからない。

何に引っかかっているのか解きほぐしてみる

自分の「料理へのモチベーション」を最初に考えて突き詰めておくと、上達も早いんです。

というのはね、ざっくりと「料理できるようになりたい」と大体のひとが思う。けれど、その先にたどりつきたいのはどこか、ということが大事なんです。ゴールはどこか。

健康を考えて、栄養バランスを重視した調理ができるようなりたい人もいる。経済性から自炊力をつけたい人もいる。SNSで評価されるような見映えのよいレパートリーを身に着けたい人もいる。動機はいろいろ。

「あなたが一番興味のあるところはどこなのか探そうよ」ということをあれこれ工夫して、『自炊力』では説明しています。

ーーなるほど。(旬野菜の彩りマリネを食べながら)これ美味しいですね。野菜のドレッシングかな。

酸味やスパイス感はしっかりしているんですけれども、店主の疋田さんの料理って、塩気は抑えていて優しいんですよ。そこが好きですね。

栄養バランスをどう考える?

ーー困っている人の悩みを分解して、届くアプローチを考える、というのは私も勉強になります。ところで、彩りマリネも塩分控えめで体に優しそうですが、私は医療担当でもあるので、監物さんへのインタビューで、栄養バランスをどう取るかを語っているところを興味深く読みました。料理と栄養について、ご自身も問題意識があったんですか?

一時、30代半ばにやたら疲れるなと思っていたんです。今は「単に歳をとれば疲れるわ」と割り切ることができるんですけれども、20代の時と比べて、疲労回復や体力がガクッと落ちたなという感覚があって、「こんなはずじゃない。僕ちゃんと食べてるじゃん、寝てるじゃん」と疑問に思ったんです。

そういう時に、テレビの栄養特集か何かでよく、「タウリンを含むもの」とか、「豚肉を食べてスタミナアップ」と言っているじゃないですか。料理で対処できるなら何よりだよなと思って、ものすごくよく観てたんですね。

勉強したい気持ちもあって企画を立てて、雑誌で「疲労回復にいい食材」とか「〇〇にいい食べもの」みたいなことを書いていた時期もあったんです。

当時は思い至らなかったんですけれども、何か一つの食材や栄養素をずっと食べたからといって体にいいことはない。結局は、「バランス良く」とか、「自分が今、何の栄養素が足りなくて何が過剰なのか」と考えることが大事なんだけど、そこが分かっていなかったんです。

「食べ物は薬ではない」ということが、後でわかるわけですけれども、世の中にはそういう情報がすごく多いし、すごくヒットしていますね。

逆に岩永さんそういう情報をどう思いますか?

ーー私はそういう情報発信にはすごく問題があると思っています。根拠のない情報で、食べる喜びを奪われたり、健康を損なう食べ方をしたり、食品メーカーの思惑に踊らされたり、様々な害があります。ですから、食の科学ジャーナリストである松永和紀さんに外部執筆者として書いてもらっているんです。

そうですよね。私もそれで松永先生の記事とか『栄養と料理』を読み込む時期が2、3年あって、運よく『栄養と料理』からお仕事をいただけた。それで、僕は図々しいんですが、僕のように栄養学についてよくわからないけれども興味がある人が体験するルポルタージュを書こうと提案して、2015年から「減塩日記」を書かせてもらったんです。

18ヶ月間の連載になりました。

減塩って、ある日突然言われるんですよ。いきなり病気が発覚して、「減塩してください」と宣告されてしまう。心臓や腎臓の病気になって緊急に食事指導が必須になる。それはものすごく大変なことでね。実際、日常でどうやったらいいのかをルポしたかったんです。

何に塩分が多いのか、これはどうやったら塩分をカットできるのか、塩分をカットするならいくらでもできるけど、日常の食事における満足感をあまり下げないでやるにはどうしたらいいのか。それを自分なりに考えて記事を作りました。

制作費は今、どこの媒体も少ないわけですから、自分で料理を作って、盛り付けて、写真も自分で撮って納品できる、となったらお仕事がもらえるかもしれないと思って、その訓練を一時ものすごく頑張りました。

考えるべきバランスは栄養だけではない

ーーご自身の疲労感が栄養への関心の出発点で、料理と栄養のルポを書くようになって、やっぱり自炊は、ある程度、栄養も勘案しながらやらないとね、という考えになったわけですね。フリーランスの仕事だと自分の体が資本でしょうし、体調が悪くなって休んだらそれだけ仕事できなくなることもあるでしょうね。

というか、信用がなくなっちゃうわけです。いつでもご用があったら受けられます、というイメージを保ってないと仕事も来ないんじゃないでしょうか、フリーランスって。

ただね、『自炊力』にも書いてますけど、食は薬では決してないんです。どれだけ「健康的」な食生活していようと、病気になるときはなる。気持ちから病むこともあるしね。

エビデンスも大事ですけど、「私はこういう食事が好きだ!」と楽しく好きなものを食べることを基本にしつつ、最低限の利用バランス知識をもって調整するというスタンスでいいと私は思っています。

「栄養バランスよく」だけを考えるなら、楽なんです。

人間ですから、そこに自分の満足度がないと。栄養を考えるあまり自分の欲望をカットしすぎてしまうと不満が残りますよね。それがストレスになって病的になってしまうひと、いっぱいいるわけですよ。厳密になりすぎて自分を苦しめてしまう人もいる。

なんのためのトライなのか。健康を考えすぎて不健康な状態になっちゃう人、いませんか。食べることは基本「楽しみ」であってほしい。人間、食でたまに発散しつつ平素で調整するというスキルを得られたら最高だと思うんですね。

そういう視点が多くの食の記事に欠如していると思うんです。ただ、そこまで広範囲に配慮しながら書くと、読んでいられないよって記事になるんですよね。ピントが絞れていない記事になる恐れがある。そこは書き手の腕の見せどころだと思っています。

(続く)

【白央篤司(はくおう・あつし)】フードライター

1975年、東京生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。出版社勤務を経てフリーに。日本の郷土食やローカルフード、「暮らしと食」をメインテーマに執筆。著書に『にっぽんのおにぎり』(理論社)、『ジャパめし。』(集英社)、『自炊力』(光文社新書)がある。メシ通、CREA WEB「白央篤司の罪悪感撲滅自炊入門」、農水省広報誌等で執筆中。公式ブログ「白央篤司の独酌ときどき自炊日記Ⅱ」。Twitterは@hakuo416