池井戸潤が語る、サザンとヒットとAmazonレビュー

    「手放しの絶賛と、取りつく島のない酷評は同じなんです」

    今年でデビュー40周年を迎えるサザンオールスターズ。映画『空飛ぶタイヤ』の主題歌『闘う戦士(もの)たちへ愛を込めて』が、劇場公開と同じ6月15日に配信リリースされる。

    映画の原作者で、中学生のころからサザンの楽曲に親しんできたという作家の池井戸潤が、「僕らの世代のシンボル」と語るサザンへの思いや、ヒットの哲学を明かした。

    もしかしてサザンじゃない?

    ――『空飛ぶタイヤ』の主題歌がサザンに決まった感想は。

    感無量です。年齢的に兄貴分的な感じがあって、僕ら世代のシンボルのようなバンド。時代性を背負った存在だと思います。

    2014年末に横浜アリーナであったコンサートに行ったんですが、3時間以上演奏が続いて、それが全部知ってる曲ばかりなんですよ。そんなライブはなかなかない。本当にすごいなと感じました。

    映画の主題歌のことはしばらく内緒だったみたいで。マネージャーに「もしかしてサザンじゃない?」って言ったら、当たったんですよ。

    そういえば『半沢直樹』の時も、キャスティングについて説明を受ける日に「堺雅人さんがいいと思う」と言っていたら、本当に堺さんだったことがあって。たまにそういうことがあるんですよね。

    頭のなかでずっと鳴ってる

    ――『空飛ぶタイヤ』はトレーラーの脱輪事故をめぐって整備不良を疑われた運送会社の社長が、大手自動車会社の欠陥とリコール隠しを明らかにしていく筋立てです。

    『闘う戦士(もの)たちへ愛を込めて』の歌詞を見ると、かなり作品に寄せてつくってくださったのかなと。こういう歌詞を書かれるのか、とビックリしました。

    《疑惑の影が追ってくる》《いつもアイツが現れる》というところは、赤松運送の赤松徳郎社長(長瀬智也)とホープ自動車の沢田悠太(ディーン・フジオカ)との関係性を思わせる。

    《弊社を「ブラック」とメディアが言った》は赤松運送のことかな?とか、《大量の株が売られていった》はリコール隠しで株が暴落したことを指しているのだろうか、とか。

    映画のストーリーや登場人物が歌詞にも投影されているかと思うと、ありがたいですね。

    《寄っといで 巨大都市(デっかいまち)へ》というサビは、頭のなかでずーっと回ってるし、マネージャーもしょっちゅう歌ってます。自分の頭のなかで鳴ってるのか、本当に流れてるのかわからなくなるぐらい(笑)

    僕の最高傑作は…

    ――サザンは今年で40周年を迎えます。

    僕が中学生のころに『勝手にシンドバッド』(1978年)でデビューされて。

    最高傑作だと思ってるのは『Bye Bye My Love(U are the one)』(1985年)。メロディーが気に入ってますね。すごくいい。本当にうまいことつくるなって。

    『Bye Bye My Love』、『ミス・ブランニュー・デイ(MISS BRAND-NEW DAY)』(1984年)、『東京VICTORY』(2014年)の3曲は、特によく聴いてますね。iPhoneの自作プレイリストに入れてるんです。

    サザンに限らず、クラシックでもそうなんですが、メロディーラインって小説と構想がよく似てる。

    最初にメインの旋律を出して、次に転調させて…という曲があるとするでしょ。小説も同じで、最初に主人公が出てきて、途中で悪いヤツを出して目先を変えて、いったんリフレッシュした後にまた最初に戻る――。

    いい曲ほど、そういう「物語」がある。メロディーを紡ぐのと小説のストーリーを紡ぐのは、実は同じエンジンでまかなわれてるんじゃないかと思いますね。

    サザンの歴史はヒットの歴史

    ――サザンは多くのヒット曲を出し、長年にわたって「ど真ん中」のエンターテインメントを提供し続けています。音楽と小説で分野は異なりますが、共鳴する部分はありますか。

    サザンの歴史はヒットの歴史でもあるわけじゃないですか。ヒットを連発するのはむちゃくちゃ難しいですよ。

    ただ続けてりゃいいっていう40年じゃなくて、ヒット続きの40年。単に年数だけでは評価できない、すごいものがありますよね。

    サザンの曲は聴けば「絶対サザンだ」ってわかる、独特のメロディーとノリがある。「サザンっぽいな」と思うと、やっぱりそうだという。

    僕も、会社が舞台で「最初にやられて、後でやり返す」みたいな得意なパターンがあると思われているかな。

    最近ではTBSの日曜劇場っていうだけで、僕の作品だと間違われることも多いです(笑)「池井戸的」とか言われちゃって。

    サザンと比べたら歴史も売れ方もまったく及びませんが、そういう認知のされ方は共通する部分があるのかもしれません。

    「わかりやすさ」を大事に

    ――「ヒットの呪縛」というか、自分のやりたいこととポピュラリティーの間で引き裂かれることはないのでしょうか。

    変に新しいものをつくろうとか、同じことをしちゃいけないだとか、そんなことは思わないようにしてますね。

    僕の本を買って読んでくれて、次の作品も楽しみに待ってくれている読者のために、その期待に応えるものをきっちり書くことはすごく大事ですよ。

    世代や性別を超えて受け入れられる、ある意味での「わかりやすさ」をいつも心掛けながら書いています。

    ――斜に構えて「わかりやすさ」を批判したがる人もいますが。

    少部数の本ならそういう考えでもいけるかもしれない。でも、ヒットを狙うならダメだと思います。映画の興行にも似たところがあるんじゃないかな。

    全国の書店さんが「頑張って売ろう」と手書きのPOPまで用意してくれてるのに、期待はずれのものを出したら申し訳ないですから。

    できるだけ読者の希望に沿う形で、しかもちょっと目新しさがあって、「こう来たか」って思われる。そういうものを書きたいといつも考えてますね。

    YouTubeでこの動画を見る

    松竹チャンネル/SHOCHIKUch / Via youtu.be

    映画『空飛ぶタイヤ』スペシャルムービートレーラー(主題歌 サザンオールスターズ「闘う戦士(もの)たちへ愛を込めて」ver.)

    絶賛と酷評は同じ

    ――読者の反応はどのように確認しているのですか。

    SNSで見ています。むちゃくちゃ褒めてるやつと、むちゃくちゃ貶しているやつは「異常値」なので外しちゃう。手放しの絶賛と、取りつく島のない酷評は同じなんです。

    Amazonのレビューでいえば、星2〜4を中心に。5をつける方は、「いまのままでOK」と思ってくれているわけなので、楽しく読んでいます。

    あえて酷評を見るとしたら、僕に星1をつけた人はどんな作品に星5をつけてるのかと、そういう見方をする。とんがった作品が好きな人は、1をつけてたりしてますね。

    ――酷評レビューで心が折れてしまう作家さんもいそうですね。

    先輩作家が新人に「SNSは見るな」って言うことがありますけど、僕はその考えは間違ってると思っていて。

    だって、タダで見られるし、分析の仕方さえ考えれば、あんなにいいマーケティングはない。

    「池井戸が壊れてしまった」

    ――時には「実験」したくなることもあるのでしょうか。

    いや、たまにあったりするんですよ。『民王』とか。あれはまさに実験で、「池井戸が壊れてしまった」と言われました(笑)

    (※『民王』は総理大臣と息子の心が入れ替わってしまうストーリーで、遠藤憲一と菅田将暉が主演したドラマも人気を博した)

    年齢層が上の人たちは、僕の名前を聞くと「半沢直樹」や「下町ロケット」が浮かぶようだけど、10〜20代には「民王の人」と思ってる人が結構いるみたいです。

    それまでの読者のなかには、拒絶反応というか、でっかいクエスチョンマークが浮かんじゃった人もいましたね。

    読者の生活パターンまで想像

    ――あまりネットを利用しない読者の反応はどのようにキャッチするのですか。

    僕の場合、50〜60代でSNSをやらない層とは実はすごく親和性が高い。そこは想像するしかありません。でも、だいたい性格や生活パターンまで浮かびますね。

    定年退職の一歩手前のおじさんで、企業勤めをちゃんと30年やってきた人たち。

    普段はウォーキングシューズはいて、スーツ着て会社に行って、仲間とちょこっと飲んで帰る。奥さんはパートか何かやっていて、日曜になると登山に行ったりする。

    そういう人たちはきっと裏切らない、大丈夫だと思っています。

    ――漠然とした「マス」ではなく、相当に高い解像度で読者を捉えているのですね。

    コア読者は35歳〜60前後、男女比は6対4ぐらいかな。ドラマのおかげで、女性が比較的多いと思います。

    サイン会をやると、小学生から80代のおばあさんまで来ていただける。横文字は使わない、難しい言葉は極力やめようとか、日々、読者に教えられています。

    難解なもので売れるものはない

    ――やはりヒットには「わかりやすさ」が重要だと。

    難解なもので売れるものはない。わかりやすさっていうのは、すごく大事ですよ。

    作家がどう思っていようと、本は商品ですから。マーケットを意識できなければ、大ゴケしてしまうと思います。

    やっぱり桑田佳祐さんぐらい売れている方は、どういうものが求められているかをものすごく感じているはずです。そこにうまく応え続けてきたからこその40周年なのかな、と思いますね。

    〈いけいど・じゅん〉 1963年生まれ。岐阜県出身。慶應義塾大学卒。1998年『果つる底なき』で江戸川乱歩賞、2010年『鉄の骨』で吉川英治文学新人賞、2011年『下町ロケット』で直木賞。『半沢直樹』シリーズ、『花咲舞が黙ってない』『民王』『陸王』『アキラとあきら』『七つの会議』など、映像化作品多数。


    デビュー40周年を迎えるサザンオールスターズの3年ぶりの新曲「闘う戦士(もの)たちへ愛を込めて」は、すべての働く者たちへの賛歌。BuzzFeedでは、各界の一線で活躍する著名人に、サザンとその新曲を通して「闘う」仕事論を聞くインタビュー連載を配信している。

    ・有働由美子が語る「一か八かの勝負時」 サザンの新曲に思い重ね
    ・島耕作が口説かないワケ 弘兼憲史が語るサザンとエロス

    BuzzFeed JapanNews