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HPVワクチン実質中止で、今後50年の発症は6万人と予測 2020年中に手を打てば激減する可能性も

権威ある医学誌「THE LANCET Public Health」にHPVワクチンが接種率が回復した場合の、食い止められる発症者や死者の数の予測モデルが掲載されました。

子宮頸がんの原因となるヒトパピローマウイルスへの感染を防ぐHPVワクチン。

2013年4月から小学6年から高校1年の女子を対象に公費でうてる定期接種となったが、接種後に痛みなどの体調不良を訴える声が相次ぎ、報道が加熱したこともあって、同年6月には厚生労働省は自治体から対象者に個別にお知らせを送る「積極的勧奨」を中止した。

この結果、70%ほどだった接種率は1%未満となり、将来、子宮頸がんから守られない女性が日本で今後も多く生み出されることが予想されている。

北海道大学医学研究院特任講師のシャロン・ハンリー氏や「ニュー・サウス・ウェールズ州対がん協会(The Cancer Council New South Wales)」のカレン・キャンフェル教授らの研究グループは、この影響について、数理モデルを使って数値化した。

その結果、これからも日本でこの低い接種率が続いた場合、5万5800人から6万3700人が新たに子宮頸がんとなり、9300人から1万800人が死亡すると予測された。

この研究結果は論文「Impact of HPV vaccine hesitancy on cervical cancer in Japan: a modelling study(HPVワクチンへのためらいが日本の子宮頸がんに与えた影響:数理モデル研究)」にまとめられ、権威ある医学誌「THE LANCET Public Health」に10日、掲載された。

ハンリー氏は「日本政府は、直ちに行動を起こし、この予防可能な病気で失われている命を救うべきだ」と訴えている。

積極的勧奨の中止で失われた命と今後、失われる命を算出

この研究では、イギリスやオーストラリアなどの政府が、子宮頸がん検診とHPVワクチンに関する政策を決める時に使っている数理モデルを使った。

研究の目的は以下の3つ。

  1. HPVワクチンの積極的勧奨の中止で、本来は子宮頸がんにかからなかったはずの患者数とそのために失われた命を具体的な数字で示す
  2. 積極的な勧奨の中止が今後50年間続いた場合、子宮頸がんになる患者数と死亡者数
  3. 2020年中に積極的勧奨が再開され、接種率が70%まで回復した場合の、子宮頸がんの患者数や死亡者数

日本国内のデータを用い、日本人の平均余命や、浸潤がんにおけるHPVの型別の感染率、子宮頸がん検診の受検率、子宮頸がんの罹患率と死亡率、ステージ別の子宮頸がん生存率などのデータを使って解析した。

この6年半の中止でも2万5000人、今後50年で5万人以上が発症

その結果、2013年6月から2019年まで、積極的勧奨が中止された影響で、1994年から2007年の間に生まれた女性は、生涯で2万4600人から2万7300人が子宮頸がんを発症し、このうち5000人から5700人が死亡すると予測された。

また、今後50年間で、合わせて5万5800人から6万3700人が発症し、その結果、9300人から1万800人が死亡することが予測された。

積極的勧奨が再開された場合に助かる命は?

そして、2020年も積極的勧奨が再開されず、接種率が今の1%未満のままであれば、今年(2020年)12歳になった女子だけで、3400人から3800人が子宮頸がんにかかり、700〜800人が死亡すると推定されている。本来なら防げたはずのがん発症と死だ。

一方、2020年中に厚労省が積極的勧奨を再開し、接種率が回復した場合、1994年~2007年生まれの女性のがんや死亡数は大幅に抑え込めることになる。

ハンリーさんらは、接種率が70%まで回復する場合、以下の4つのシナリオを想定した。

  1. 2020年から2025年まで5年かけてゆっくり回復する場合
  2. 2020年に速やかに回復する場合
  3. 2020年に速やかに回復した上で、ワクチンを受ける機会を逃してしまった女子の半分が追いついて接種する「キャッチアップ接種」ができた場合
  4. 2020年に速やかに回復した上で、ワクチンを受ける機会を逃してしまった女子の半分が「キャッチアップ接種」をし、さらに現在は承認されていない「9価ワクチン(※)」が2020年から使われるようになった場合


※現在、日本で承認されているのはがんになりやすい「16型」「18型」のウイルスへの感染を防ぐ2価ワクチンとその2つに加えて、尖形コンジローマという良性のイボのようなものの原因となる「6型」「11型」の合計4つの型への感染を防ぐ4価ワクチンのみ。4価ワクチンに加え、さらに5つのがんになりやすい型への感染を防ぐ「9価ワクチン」が先進国では主流となっているが、日本では承認されていない。

キャッチアップ接種と9価ワクチンの導入で大幅に減らせるがんと死

その結果、1の条件の場合は、子宮頸がんにかかる人数は2万3000人から2万5500人、死亡数は4800人から5400人と推定された。

2の場合は、 がんにかかる数は2万2000人から2万4400人、死亡数は4400人から5100人と推定される。

3の場合はがんにかかる数は9800人から1万1100人、死亡数は2000人から2300人と激減する。うてるチャンスを逃した女性に、後からでも公費で受けさせる「キャッチアップ接種」の重要性がわかる。

さらに、4のように、キャッチアップ接種もした上で、子宮頸がんの9割近くを防ぐとされる9価ワクチンを承認して2020年から使うようになれば、がんになる人数は4300人から7000人とさらに激減し、死亡数も900人から1600人まで抑え込めることが推定された。

つまり、2020年の段階でも、積極的勧奨の再開による接種率の回復、キャッチアップ接種や9価ワクチンの導入などできる限りの手を打てば、積極的勧奨の中止に影響を受けてがんになったり死亡したりすると予測されている人数のうち、およそ7〜8割の発症数や死亡数を防ぐ可能性がわかった。

日本政府は直ちに行動を 防げるはずの死を防げ

研究グループは、積極的勧奨が中止となっている現状を、「The vaccine crisis(ワクチンの危機)」と表現し、「この危機が続く場合、防げたはずの子宮頸がんによる死亡者9300人から1万800人を今後50年間に生み出すことになる」と結論で警告する。

研究グループのハンリー氏は、以下のように日本政府の動きの鈍さが、多くの女性のがんや死を招きかねないと訴える。

「HPVワクチンの接種が安全であることを裏付ける圧倒的な科学的証拠が積み重なっているにも関わらず、日本政府はここまで7年近く積極的勧奨を中止し続けています。この影響で、現在12歳の女子だけを考えても、生涯にわたり、3400人から3800人が子宮頸がんとなり、700人から800人が亡くなることとなるのです」

「さらに今後50年間、政府が何も行動を起こさずに、1%未満の接種率が続けば、子宮頸がんにかかる女性の数は6万人に膨らみ、防げたはずの1万人の死を招くことにもなりかねません」

共同著者のニュー・サウス・ウェールズ州対がん協会の上級研究員、ケイト・シムズ氏は、やはりHPVワクチンへのためらいに悩まされた他国の例をあげながら「日本も遅すぎることはない」と行動を促す。

「メディアのネガティブな報道にもかかわらず、デンマークやアイルランド政府はHPVワクチンの接種を積極的に推進し続けました。これは様々な医療組織、日医療組織が推進するための同盟を作って進められ、こうした分野を超えた協力で、両国の接種率は大幅に改善されたのです」

その上でハンリー氏は、日本政府にうつ手はあることを強調した。

「幸いなことに、このワクチンは非常に安全であり、HPVワクチンの接種を広げるために政治的に高いレベルのサポートが回復し、積極的勧奨も再開されれば、この命の損失の多くは避けられるのです」