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東京五輪直前に国内外で流行状況が悪化 最後の切り札「緊急事態宣言」の効果が持続しないかもと専門家が不安に思う理由

東京五輪開幕まで約2週間、東京で、世界中で、そしてワクチン接種の進む国でもデルタ株の勢いは止まりません。日本は本当に東京五輪を開けるのでしょうか。西浦博さんは「もう感染拡大が止められないシナリオさえ想定せねば」と最大級の危機感を訴えます。

東京五輪まで約2週間。東京での感染拡大が進んでいる。

東京だけではない。世界中で、そして接種の進んだ国でも、変異ウイルス・デルタ株の勢いは止まらない。

この中で、日本は世界中から人を招いて東京五輪を開催できるのか? 効果的な対策はあるのか?

BuzzFeed Japan Medicalは、京都大学大学院医学研究科教授の理論疫学者、西浦博さんに再び独占インタビューをした。

西浦教授は「もう感染拡大が止められないシナリオも想定せねばならない」と最大級の危機感を訴える。

※インタビューは7月6日午後にZoomで行い、その後もやり取りして書いている。

予測を超えた世界の流行状況

世界的に流行状況が悪いです。日本も今回ばかりは止められないかも知れない。本当に別格サイズの祭典はするのですか。対策も避けてきたプランBを至急考えないといけないのではないですか。夏と夏季学校休暇以外はリスク要素が大杉。

Twitter: @nishiurah

ーー先生のツイートを見て、「今回ばかりは止められないかもしれない」という言葉にぞっとしました。日本だけでなく海外でも流行が拡大していることに危機感を強めていらっしゃいますね。

世界全体でインド由来の変異ウイルス、デルタ株が流行のスピードを加速化する形で広がっています。

英国はインドとの往来が多いので最初にデルタ株の置き換えが進みましたが、英国で増え始めたところでヨーロッパの運命はある程度見えていました。ヨーロッパではこれまでにない規模の流行になりそうであることがわかっています。

また、これは先進国だけの状況ではありません。アジア、アフリカの流行状況も悪くなっています。

日本に来たウガンダの選手が陽性になって話題になっていましたが、ウガンダの流行状況はそこまでの間とても悪かったのです。ウガンダだけではなく、ケニア、南アフリカなど、人口密度の高い都市があるところで流行が起きています。

アフリカは制御が相当難しくなっていて、今までで一番悪い状態になっています。

アジアでもインドでやっと制御できつつあるかと思っていたら、インドと関係の深いところからやられていきました。マレーシアやインドネシアのように、いったん大きな流行が止んでいたのに、その後、指数関数的に増えたところが出てきています。

台湾は感染対策では専門家のヒーローのような存在でした。僕も近しい方のいる国立台湾大学と台湾CDCが密に連携しているのですが、残念ながら台湾政府も「ゼロコロナ」を諦めました。僕らにとってもショッキングなニュースでした。

今の台湾の流行は、中国を含む多地域からのビジネスの往来を緩和して起きたものです。最初は接待飲食店を含む歓楽街を中心に増えました。

しかし今は、いったん頭打ちしたものの、この後が見通せない状態になっています。流行は最初はアルファ株で起こったのに、気づけばデルタ株でクラスターも発生しています。

予防接種が進んだ国でも広がるデルタ株の威力

ーーショックなのは、予防接種が行き渡れば新型コロナの流行からは解放されるのだと思っていたら、予防接種が進んでいる英国やイスラエルでも流行が起きていることです。

今まで順調過ぎたところがあると思っています。英国の成人の接種率は1回目で84%、2回目で64%まで達しています。今は、接種していない未成年を中心に若者の間で感染が起こっている状況です。

以前から警鐘を鳴らしてきたのですが、予防接種が始まるとみなさん流行の終息を待ちきれないタイミングでマスクを外して接触してしまい、これまで我慢してきたことを我慢しきれなくなります。それが今、イスラエルや英国で起きていることです。

予防接種が進んだので高齢者のリスクは下がっているのですが、イスラエルはまだ今後どうなるかはわからない。英国について言えば、このまま流行が収まる保証もない中で、イングランドのロックダウンを解除することを決めました。

これはショッキングな話です。一度は科学的な分析に基づき、デルタ株で感染者が多くなり過ぎているからとして、7月19日まではロックダウン延長を決めていました。それが、全てを一気に解除することになったのです。

ーー経済を重視しての決断なのですね。

ボリス・ジョンソン首相は、「Careful and Balancedアプローチ(注意深く、バランスをとったアプローチ)」と言っていますが、 多くの公衆衛生の専門家は賛同していません。現在、感染者が増えているからです。

確かに入院とか死亡者は減っているのですが、この状態だけで「ウィズコロナ(コロナと共生する)」という政策を打ち出してしまいました。

制限を一斉解除すると共に、マスクの着用義務も解除しつつ、リスクの高い場では皆が着用して生活しようというキャンペーンに一気に切り替えたのです。これは、かなり危ない状況です。

英国からワクチンが効かない変異ウイルスが生み出される恐れ

ーーこの政策変更はなぜ危険なのですか?

ウイルスの変異状況(進化のメカニズム)を得意とする専門家の視点に立ってみると、今の英国で流行が大きくなれば国際的にも迷惑がかかる状況を引き起こすことが考えられます。

デルタ株が中心的になった英国では、予防接種をしていない10代の感染が多く、それに次いで20代が多い状況です。12歳より上も予防接種を徹底し、ほぼ人口全体を完全にワクチンで守られた状態にしようという議論が起きていました。

しかし、若い人は重症化しにくいとして、感染によって得られる自然獲得免疫に頼る政策に切り替えたわけです。ただし、どれくらいの強さの免疫がどれだけの期間だけ続くのかはわかりません。

これは大きな誤りである可能性があります。成人の多くは予防接種をした人ばかりで、ワクチンによる免疫を不完全な形で持っています。その中で生活環境の身近にいる若者たちの間で感染がたくさん起きれば、ウイルスが変異する可能性も高くなります。

要するに、ワクチンを接種する人が多くいる中で変異を許す、伝播を許すことが続くと、ワクチンの免疫をすり抜ける新しい変異ウイルスが選択される可能性が高くなる、ということですね。

ーーこれまでのワクチンが効かない強力な変異ウイルスが出来上がってしまう恐れがあるということですか。

そうです。そうなると予防接種による免疫で流行を防ぐという戦略が破滅してしまう可能性さえあります。

世界的に予防接種で防ぐ戦略がうまくいこうとしている時に、最も先進的だった英国が予防接種による制圧を諦めることになったわけです。悲しいニュースです。

もちろんロックダウンをいつまでも続けられないのは事実です。

しかし、経済を重視した「balancedアプローチ(バランスをとったアプローチ)」の政治決断が、科学的に最適と考えられる方法を絶望の淵にさえ追いやることになってはいけません。

その点でイギリスの政治判断はまだ幼いのだと思います。おそらく科学的議論が継続され、この決定は変更せざるを得なくなると予想しています。

ーー国内だけでなく、全世界に影響を及ぼす可能性もありますものね。「新イギリス株」のようなものが広がったら大変なことです。

これは英国の感染状況と接種者数の推移のグラフです。接種率は8割近く行っているけれども、これしきの状況ではまだウィズコロナというわけにはいかないことがわかります。

緊急事態宣言、今度はどれほど効くか?

ーーワクチン接種が進んでも安心できない世界の流行状況がある中で、日本では、まん延防止等重点措置を延長するかどうかという議論がなされようとしています。これで大丈夫なのでしょうか?

この件について、僕は専門家の中でも一番危機感を持っていると思います。

専門家の中では、「できるだけで早い時期に緊急事態宣言をうつべきだ」という声があがっています。

それはもちろん尊重されるべき意見であり、正しいと思うのですが、今回は特に緊急事態宣言の波及効果がどれほど持続するかがわからないことが重要です。

今までのように対策をずっと継続している状況では、前回同様に緊急事態宣言が効果的に働くかどうかがわかりません。現状では、緊急事態宣言から重点措置に切り替わって、十分な効果をあげていません。増加傾向を止めることができていないのです。

そして、緊急事態宣言は日本では「最後の刀」です。要請ベースでステイホームをお願いするのが今の日本での最後の選択肢です。

ずっとこれだけしか武器がなくて大丈夫なのかは問い続けてきました。専門家の中で叫びのように皆さんの再考を促してきました。宣言を出すかどうか議論する時に、出す側の立場に立って皆さんにも考えてみていただきたい。

この対策が効果がなかったら、もう後がないのです。

第4波は変異ウイルス(英国由来のアルファ株)による初めての流行だったので特にビクビクしてみていました。毎回僕ら専門家は「効くだろうか。大丈夫だろうか」と恐れの念を抱きながらデータを見ています。決して大げさではなく、もし緊急事態宣言を打っても「減らなかったらどうしよう」と毎回本気で悩みながら見ています。

その恐れの気持ちを抱きつつ、データ分析をリアルタイムで実施している間、ずっと胃がえぐれるような、吐き気が止まらないような感覚でいます。

緊急事態宣言下で、もし感染者増加が起きたら、正直なところ「これ以上何ができるんだろう」と恐れているのです。

緊急事態宣言は、スパッと決断しなければならないのですが、一方で、今回はオリンピック開始からパラリンピック終了まで1ヶ月以上あります。そんな不利な状況の中で判断しなければならない最後の一手なのです。

第3波でも第4波でも見られた緊急事態宣言の効力の弱まり

これは東京都の第4波における6月のデータです。

緊急事態宣言は6月21日に正式解除されましたが、その前の段階で既に実効再生産数(一人の感染者当たりが生み出す二次感染者数の平均値。1を超えると感染増加に転じる)は6月上旬には既に1を超えて上昇傾向になり、跳ね上がっています。

第4波の時はもちろんのこと、第3波ではさらに顕著です。

第3波ではお正月を過ぎてから1月上旬に宣言が出されて、感染者数はいったん落ちています。その後、ゆっくりと波及効果がなくなっていきました。じわじわと感染者数も実効再生産数と共に上昇しているのに、3月に解除されています。

解除前には実効再生産数は1を超えていました。つまり、緊急事態宣言下で痛みを強いているにもかかわらず、最後の方では既に感染者数が増加傾向に転じていました。

ここからわかることは、緊急事態宣言を要請ベースでやっている限りは、いずれ要請を聞いてもらえなくなってくる時がやって来るということです。

宣言が長くなると、要請の限界が起こる。「もう我慢ならない」と要請を無視することを決断した飲食店の営業再開が起こり、利用者が増えることになり、接触が起きてしまう。そして感染者も増えていきます。

そこまで考えた上で、プランを長期的に練れているかと言えば、政府にそこまでの戦略は今のところないのだろうと思っています。

第1波の頃から東北大学の押谷仁先生はその点ですごく鋭かったのです。「要請ベースでできることは長く続けられない。1ヶ月程度でみんな必ず疲れが出るだろう」とおっしゃっていました。

第3波・4波ともに宣言期間が明らかに1か月を超えた後に効果が持続できなくなっています。

緊急事態宣言で考えられる二つの問題

ーー今、緊急事態宣言を発出しても、無駄打ちになる可能性があるということですか?

長いプランの効果持続が期待できない中で、今、緊急事態宣言をうつと二つの問題が起こり得ます。

一つは、これまでも措置がずっと続いた状態で、声が届きにくくなっているということです。まず、4月にまん延防止等重点措置(のぼりマンボウ)が打たれ、それが緊急事態宣言に切り替わり、再び6月下旬から重点措置(くだりマンボウ)になっています。

その状態で、くだりマンボウでは明確に感染者増を止められず、7月までに感染者数は増加傾向に転じたわけです。

そこで休む期間や息継ぎも与えられずに、このまま再び緊急事態宣言を発出して、十分な波及効果があるか。あるいは今、要請を聞いてくれない人に届くのか。

オリンピック開催の決定で要請の声が届きにくくなっていることはご想像の通りです。加えて、オリンピックの話とは別に、さらに対策を要請する声が届きにくくなっています。長期にわたる措置が続き、補償に対する不満も限界に達しているのです。

もう一つの問題は、今回発出する措置自体も長くなり得ることです。おそらく今回発出したら、パラリンピック後まで続ける必要があるでしょう。そうなれば2ヶ月という期間になる。

これまで緊急事態宣言をやっていて綻びが見え始めたのは宣言から2ヶ月近く経った頃です。こうやって措置がだらだら続いていると、2ヶ月どころかもっと早く綻びが出てくる可能性があります。

新規感染者数を減らさなければいけないのは明白な事実です。そして、国は簡単に認めないでしょうが、現行のまん延防止等重点措置だと現在の増加傾向を止めることが難しいのは明白な事実です。

その中で、要請ベースの緊急事態宣言がデルタ株にどこまで効果的か測るのは極めて難しい。

要請ベースで対策を続けてきたツケを今、東京五輪が重なるタイミングで支払うことになっているように思います。

今まで「緊急事態宣言を発出したら、ほら下がるでしょ」と決して気軽にアドバイスしてきたわけではありません。データ分析に触れている専門家として、本音を言わせていただくと毎回「首の皮1枚つながる思い」で評価も行ってきたのです。

これがダメだったらどうしよう。

ダメだったら次は一体何をしたらいいのだろう。

そんな先の見えない状況にあるのに、本当に今、五輪を開催していいのかと疑問に思っています。1年半以上、コロナウイルスに付き合ってきた専門家として、延期あるいは中止という選択肢が最もリスクの低い選択肢であることについては再度指摘しておかなければいけません。

4連休、確実に感染者は増える そして五輪の開幕も重なる

ーーそれに加えて、7月22日からは五輪開会式を挟んだ4連休が控えています。専門家としてはハラハラする日々となりそうですね。

もう一度、感染研の鈴木基先生と作ったグラフを見てください。実効再生産数をずっと提示して、このデータと睨み合ってきた専門家としては一番思い入れがある図です。

矢印が入っているところは、実効再生産数が急激に上がって、感染者数も急増しているタイミングです。

このタイミングは何か?

実は、全て連休なんです。

ーー今度の4連休でも感染者増加は約束されているかのようですね。

そうなんです。4連休以上の休みがあると、皆さんの心理として、その前の最後の平日の夜に仕事仲間とちょっと飲みに行ったりしたくなるものです。それはよく理解できることです。

僕も妻と子供がいるので、連休があれば遠出をして家族サービスをしたい。遠出をしたら外食もします。

年末年始の増加は特に急激だったことがわかっていますし、去年の7月の連休でも急増が起きています。このことを皆さん、しっかりと思い出してください。

連休があると、間違いなく感染者は増える。この感染症の流行を見てきて明確にわかっていることです。

そして今年は同じ時期に、オリンピックが始まろうとしている。

オリンピックの開催を強行する背景が邪魔をして、政治家も「連休に帰省しないで」「連休に飲食に行かないで」とはなかなか言いにくいでしょう。矛盾するメッセージになるからです。五輪を断行しながら、そうした要請をすると市民からの反発を受けますので、それを意識してなかなか言えません。

さらに気づくのですが、「都道府県民割引」という地域版のGo Toトラベルも、この連休をアテにして7月上旬に開始しているものが少なくないです。去年もこの時期でした。地域経済を活性化するには必要なことですが、とても悪いタイミングで、人の移動や接触を誘発するイベントが重なることになるわけです。

良くない要素がいっぱいあり過ぎて、本当に状況は厳しい。

本来は、どこのどういった接触が危ないのか検証して、きめ細やかに対策を打つべきです。そのためには感染者数を少なく抑えることが必要なのに、政治判断では感染者数の許容サイズは日に日に上げられるばかりです。

接触が追えなくなり、人の流れをどう減らすかという問題ばかりに議論が終始する。そうなると、重点措置なのか、緊急事態宣言なのかという政治的議論に陥りがちです。この感染症の危機管理対応としては落とし穴だらけです。

(続く)

【西浦博(にしうら・ひろし)】京都大学大学院医学研究科教授

2002年、宮崎医科大学医学部卒業。ロンドン大学、チュービンゲン大学、ユトレヒト大学博士研究員、香港大学助理教授、東京大学准教授、北海道大学教授などを経て、2020年8月から現職。

専門は、理論疫学。厚生労働省新型コロナウイルスクラスター対策班で流行データ分析に取り組み、現在も新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードなどでデータ分析をしている。

趣味はジョギング。主な関心事はダイエット。